まだ子育てをしたことのない私が子育て論について語ってみる

しおり
こんにちは。昨年世界一周してきましたしおりです。今回は「まだ子育てをしたことのない私が子育て論について語ってみる」です。

まだ子育てをしたことのない私が子育て論について語ってみる

 

私はまだ子育てをする予定はないけれど、子供ができたらこうしたいと思う考えはいっぱいある。

 

今回は私の考える「子育て論」について書いてみようと思う。

 

子供は大人よりも純粋な大人

大人は子供に「どうして?」と尋ねられたとき、「そうゆうものなのよ」と答えることがある。

 

 

そうゆうものって何?

 

 

大人はいろいろなことを「そういうもの」として片付けてしまう。

 

物事がなぜそうなのかを考えることを、やめてしまっているんだ。

 

子供は大人が“そういうもの”と片付けてしまっている「常識」を根本から考える。

 

本来は子供のように、根本から「なぜ?」「どうして?」を考えなければいけないなのに、大人は“常識”を正しいとする。

 

 

でもさ、常識って誰が作ったんだろう?

 

 

多数派の意見ってこと?

 

 

 

 

本当に、多数派が全部正しいのかな?

 

 

もしかしたら、みんなで間違ったことを「常識」にしているのかもしれない。

 

子供だって自分で考える

子供だから考えられないだなんて思っていないだろうか。

そうやって子供扱いしていないだろうか。

 

 

子供を子供扱いしないで。

 

 

子供だって自分で考えることができる。

将来のことを考えて、自分がどうしたらいいか、ちゃんと考える。

 

 

だから「〜しなさい」なんて言わないで。

 

やるかやらないかは、自分で判断するんだから。

 

 

「〜しなさい」じゃなくて

「〜だから、こうしたらいいんじゃない?」って言ったらいいと思うんだよね。

 

なぜ?どうして?って聞いてみよう

これは東大に入る学生の親の多くが意識していたことなんだとか。

 

私は自分で「なぜ?」「どうして?」と考える性格だったけれど、これを考える習慣がないと、考えること自体をやめてしまうのかもしれない。

 

誰かに「〜しなさい」と言われてしまうと、無思考に言われたことだけをやってしまいがち。

 

だから、やるやらないの判断は、本人次第

 

大人の役割は、その判断に対して、もしくはその感情や行動に対して「なぜ?」「どうして?」を問いかけて、考えることを促してあげること。

 

 

日本の世の中には、考えることをやめてしまっている人が溢れているのかもしれない。

 

大人も一度根本に戻って、「常識」や「当たり前」を見直さなければいけない。

 

 

 

時代が変わるのと同様に、「常識」や「当たり前」も変化していくものだと思う。

 

 

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1 COMMENT

shiori

個人的に意見をいただいたのでこちらで紹介します。
「これまではブログで学歴は気にしなくていいという立場で書いていたのに、こちらでは東大に入る学生の親を意識して書いているのは、学歴を推しているということですか?」という趣旨の質問でした。
私は東大を推奨しているわけではなく、東大に入ることは“考える力がそれなりについている”ことを示す分かり易い指標だと思ったので、事実として取り上げています、と回答しました。
同じように疑問に感じた方がいたかもしれませんね。貴重なご意見ありがとうございました!

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