当たり前であることの怖さ〜石原さとみの舞台『密やかな結晶』を見て〜

しおり
こんにちは。石原さとみが大好きな駆け出しブロガーしおりです。今回は「当たり前であることの怖さ〜石原さとみの舞台『密やかな結晶』を見て〜」です。

当たり前であることの怖さ〜石原さとみの舞台『密やかな結晶』を見て〜

 

先日石原さとみちゃんの舞台「密やかな結晶」の舞台を観賞し、その感想を(この記事で)書きました。

 

今日はその第2弾で、舞台から考えたことを書きたいと思います。

 

人は失った時に初めて、存在することのありがたさを知る

これはすべてのことに言えること。

私たちはすべてのこと、すべてのものに対し、存在することが当たり前だと思っている。

 

命。

健康な体。

大切な人。

家族。

美味しいごはん。

安心して住める家。

選び放題なたくさんの服。

電気・・・

 

 

これらのものは決して存在することは当たり前ではない。

 

今では当たり前になったものが多いけれど、昔はないのが当たり前だったものもたくさんある。

 

私たちは存在することが当たり前になっていることで、小さな喜びや感動、感謝を忘れてしまっている。

 

感謝はしようと思ってするものではない

例えば「親に感謝しなさい」という言葉をよく聞く。

 

だけどこの言葉の意味を、初めから素直に受け止めることができた人がどのくらいいるだろう?

 

 

ほとんどの人は、実家を離れた時に初めて親のありがたさがわかると言う。

 

つまり、当たり前だった親の存在がいなくなった時に初めて感謝できたのだ

 

 

 

本当に感謝するということは、人に言われてするものではなく、自分の心からその気持ちが自然と沸き起こった時のことをいうのだと思う。

 

失ってからその存在に気づいていてはいけない

人は失ってから、それまで当たり前に存在していたもののありがたさを知る。

 

当たり前に存在していたものが、実は当たり前ではなかったことに気づく。

 

 

私たちの周りに存在するすべてものは、当たり前のようであって当たり前ではない。

 

 

すべては有限であり、なくなってしまう可能性を含んでいる。

 

 

 

私たちはそのことを普段から意識しなくてはいけない。

 

 

感謝し、大切にする。

 

 

日々の生活の全てのものに、感謝と、大切にすることをを忘れてはいけないのだ。

 

 

 

 

だから想像してみよう。

 

 

それを失った時のことを。

 

 

 

そうして初めて、人はその存在に気づく。

 

 

 

失ってからでは遅い。

 

 

想像し、今そこに存在することに感謝し、大切にしよう。

 

合わせて読みたい石原さとみちゃんシリーズ:
🔽石原さとみの舞台『密やかな結晶』見てきたよ(ネタバレなし)
🔽大切な人を失った時、人はどうしたらいいのだろう?

 

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