思い出の“もの”は必要ない

  • しおり
    初めまして。先日世界一周してきましたミニマリストはしくれのしおりです。今回は「思い出の“もの”は必要ない」です

思い出の“もの”は必要ない

 

なぜ“ミニマリストはしくれ”なのか」でも少し書いたけど、わたしは持っていた写真を卒業アルバム以外、全て処分(データ化)しました。

 

卒業旅行で買ったディズニーワールドのイーヨーのクッションも、めちゃくちゃ可愛いかったけど、可愛すぎて使えなかったので捨てた。(オークション代行に出した)

大好きなHYのCD(限定もの含む)やDVD、ツアーグッズ(タオルやTシャツなど)もほとんど捨てた。

 

どうしてこんなに思い出の詰まったものを捨てることができたのか、書こうと思う。

 

思い出に浸るのは浸りたい時だけでいい

思い出の“もの”は、目に入るたびに、その当時のことを思い出すことができる。

 

「あの時あんなことがあったな」

「あの頃はこんなことにはまってたな」って。

 

 

写真一つ一つ見るたびに、意識していなくても、自然とよみがえってくる。

 

 

昔のアルバムを開くと、時間を忘れてついつい浸ってしまう。

 

 

でも、そもそも思い出に浸る時間てそんなに必要かな?って思った。

 

思い出に浸る時間は過去を生きている

思い出を懐かしむ時間は、“過去”を生きているって感じた。

 

思い出を懐かしむことはいくらでもできるけど、過去を振り返っても新たなものは生まれてこない。

 

 

私は写真や思い出のものを捨てるとき、蘇ってきた思い出を心にしまって、“もの”をみて懐かしむのはこれで最後にしようと決めた。

 

 

これからは心に浮かんできた時にだけ、その思い出を懐かしもうと思う。

 

わたしは“今”を生きたい

わたしは過去を生きるよりは、”今”の時間を生きていたい。

 

無意識に目に飛び込んでくる思い出のものは、自分を過去に引き込んでしまう。

 

 

だから、思い出のものは目につかないように捨てた。

 

でも捨てたものはわたしの心の中で生きているし、思い出すことができる。

 

 

万が一忘れたときは、写真を探して振り返ればいい。

 

 

今わたしの部屋に思い出のものが1つもないわけではないけど、それがこの先捨てることになったとしても、執着したりはしないと思う。

 

心にしまって、捨てるだけ。

 

 

新しい発見や、新しい自分を求めるなら、“今”の時間を生きていくしかない。

 

 

過去をみていても、変化は生まれないから。

 

 

そんなの、面白くないかなって。

 

思い出の“もの”を捨てよう!

思い出のものを捨てたら、“今”をたくさん生きられるようになった気がする。

 

だから私は、思い出は心の中にしまっておく。

 

 

 

捨てたいけど捨てられないなら、断捨離本で高めよう!

 

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