どんなふうに死にたい?

しおり
初めまして。昨年世界一周してきましたしおりです。今回は「どんなふうに死にたい?」です。

どんなふうに死にたい?

 

想像してみて欲しい。

 

自分が死ぬ時、どんなふうに死にたいだろうか。

 

わたしは看護師として、たくさんの人の死の場面に直面してよく考えさせられた。

 

正直患者さんたちを見ていて、もう死んだ方が楽なんじゃないかと思う事がよくあった。

 

なぜそんなふうに感じたのか、書こうと思う。

 

もう動けないのに、それでもベッドの上で生き延びる意味ってなんだろう?

多くの患者さんは、最後まで治療する事を求める。

 

もう治る事はなくて、あとはいつ死ぬか。

 

その時を待つだけのはずなのに、みんな、最後まで治療や点滴を求めるんだ。

 

 

苦しそうな様子をみて、いつも疑問だった。

 

 

 

なにを求めて、生き延びようとするんだろう?

 

 

生き延びた先に、何か楽しいことでもあるの?

 

“死”が怖い

多分、みんな死を怖がってるんだ。

 

生きる目的があるとかないとかじゃなくて、死を恐れて、そこから逃れようとするんだ。

 

 

でもさ、みんないつかは死ぬんだよ?

 

 

 

怖がったっていつか死ぬんだよ。

 

 

だったら辛い中で生き延びるんじゃなくて、死を受け入れた方が幸せなんじゃないだろうか。

 

なぜ人は“死”を恐れるのか

なぜ人はそんなに死を恐れるんだろう?

 

 

多分、みんな普段から“死”を意識せずに生きてるからじゃないかな。

 

 

だから病気になって、急に死を意識し始めた時、心の準備ができていないんだ。

 

 

我慢して我慢して生きてきたのに、急に死を考えさせられて、「え、死ぬなんてまだ早いよ」って思うんじゃないだろうか。

 

 

だから最後までみんな、もがくんだと思う。

 

 

 

「生」にしがみついて、もがき苦しむ。

 

 

 

でもそれって、全然幸せな最後じゃないよね。

 

 

わたしは自分の運命を、受け入れて死にたい。

 

 

最後くらい、幸せでいたい。

 

死を意識している人は死を怖れない。最後の治療を求めない。

死を普段から意識している人は、死を怖れたりしない。

 

いや、怖れてはいるんだろうけど。

 

普段意識していない人とは、明らかに違う。

 

 

当然の変化であり、ただその時がいつ来るか、というだけのことだから、驚いたりしない。

 

 

いつその時が来ても良いように、普段から精一杯生きているから、いちいち取り乱したりしないんだ。

 

 

 

 

そして、治療を拒むことが多い。

 

 

元気に生き延びるための治療はしても、最後の最後は、治療を望まない。

 

 

先延ばしにしても、その時はいずれ来るんだから。

 

 

「死にたい」と言って死んでいく人は幸せ

昔患者さんで、もう動けなくなって、最後に「早く死にたいんだ。お願いだから死なせてくれ。」という人がいた。

 

見ていてとても苦しかった。

 

 

でも、彼はとても幸せだったんじゃないかな、と思う。

 

彼は若い時から透析をしている人だった。多分、いろんな場面で死を意識してきたんじゃないかな。

 

だから、最後に自分の運命を受け入れて、死を迎い入れることができた。

 

 

彼の叫びは辛そうだったけど、結果的には幸せだったと、今でも思う。

 

 

彼のように幸せに死ねたらいいね。

 

 

だからみんなにも、普段から死を意識してみて欲しい。

 

 

 

あなたはどんなふうに、死にたいだろうか?

 

 

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1 個のコメント

  • なるほどですね!
    確かに意識してるのとしてないのでは、直面したときに
    やっぱりぜんぜん違うと想像できました。
    私は…死に際に後悔しなくたいので、
    今から意識して生活します!

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