クラウドファンディングにおいて信用の貯蓄より大切なもの

しおり
こんにちは。ニートなナースブロガーのしおりです。今回は「クラウドファンディングにおいて信用の貯蓄より大切なもの」です。

クラウドファンディングにおいて信用の貯蓄より大切なもの

 

最近炎上していたやぎぺーさん(@yagijimpei)の一件を機に考えたこと、今回は第2弾です。

 

あの一件中、ツイッター上にこのような発言をする人をよく見ました。

Aちゃん
クラウドファンディングは信用の貯蓄がある人にお金が集まるんだよ!

 

この発言は確かに間違ってはいないけれども、

信用の貯蓄があればお金が集まるのは当然なんだろうか?

 

信用の貯蓄より大切なのは目的

クラウドファンディングで大事なのは「信用の貯蓄がどれくらいあるか」ではない。

信用の貯蓄とは「お金が集まりやすい」ことを示しているにすぎず、重要なのはお金を使う”目的”だ。

 

信用の貯蓄があってもなくても、目的が“自分だけのため”であることに批判が集まるのは当然だと思う。

 

目的がしっかりしていればお金は集まる

クラウドファンディングは有名な人ばかりがするのではなく、一般の人など誰でもできるのがこの仕組みの最大のメリットだと思う。

 

一般の人は信用の貯蓄がほとんどないので、お金を集めるのには苦労するかもしれない。

けれど支援する人は“貯蓄の有無”を気にする必要はなく、お金が必要な“目的”に賛同して支援すればいい

 

もし目的が達成できなかったとしても、支援者はその人に期待を込めてお金を託しているので、成功も失敗も、自分のこととして共有することができる。

 

クラウドファンディングのあるべき姿

クラウドファンディングとは 、個人や企業 、団体などがインタ ーネット上で不特定多数の人から支援を募る、資金調達の形だ。

「なめらかなお金がめぐる社会」(著者:家入一真)

株式会社CAMPFIREを設立し、海外からいち早くクラウドファンディングの仕組みを日本に持ち込んだ家入一真さん(@hbkr)は、クラウドファンディングのあり方について「判断は民衆にゆだねる」と言っている。この記事

 

だから正しい、正しくないということを決める権利は一人一人にあるし、誰かの価値観で「これはダメ。これはアリ。」と一概に決めることはできない。

それでも果たして、単なる個人の欲求を満たすことが、クラウドファンディングのあるべき姿ではないと私は思う。

 

恋は盲目

例えば石原さとみが「今度ハワイで盛大な(だけど個人的な)結婚式をあげるので、みなさん私にお金をください!」と言ったとする。(ありえないけど)

ファンとしては確かに石原さとみに認知してもらったり感謝してもらえたら嬉しい。

ひょっとすると私も出資してしまうかもしれない。

 

けれども石原さとみファン以外から見れば、「何いってんの?」と思うだろうし、彼女の“信用”は失われる。

でもファンにとってはそんなことは関係なく、石原さとみから感謝されることの方が大事なのだろう。

 

要するに「相手が好きなら目的は関係ない」というのは、恋をすると人は盲目になる、のと同じなのかもしれない

 

信用は簡単には戻らない

知名度のある人が自分のファンとの繋がりをより強固にするためには、お金でのやりとりも1つのコミュニケーション手段なのかもしれない。

お金でコミュニケーションを取りたいならとればいい。

 

だけど、“それが信用を失うことに繋がる”ことは意識するべきだと思うし、人は人のお金の使い方を見て信頼したり、人としての価値を判断したりしている。

 

目的に構わずお金を出資している方も、少額のお金と引き換えに相手からの“感謝”や“絆”を得たかもしれないけれど、代償として“自分の価値”や“信用”を損なっていることを自覚した方がいい。

 

 

しちゃってるなら仕方ないかもだけど?

好きになる相手は、選んだ方がいいよね!

 

 

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